THANKS TO YOU !!!

のんびり山などを歩きながら 目に入ったものをパチリパチリ。そんな写真による記録。

◆『だから、写真で生きていく』…中西敏貴

 

学生時代から「北海道で写真家になる」と思い続け、
公務員として勤めながら 撮影の仕方などを学んだり 移住の準備をしたりしていたという中西さん。

公募展の審査に通って個展を開くことが決まったのをきっかけに公務員を辞め、
写真家としての道を歩むことになったのだそうだ。

その後の約半年で、僕は移住へ向けて動き出した。
仕事のあてはない。
移住後の計画も曖昧。
それでも僕を突き動かすのは写真への情熱と家族の存在だった。
どうすれば写真を仕事に変えていけるのか。
どのように動けば家族を幸せにできるのか。
そのことだけを常に考えて走り続けてきた。


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この本には、
そんな中西さんの これまでの動きや思考の変遷などがまとめられており、
後半には  思考したことともに その内容に関する写真が多数載っていた。

 

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目にとまった言葉が たくさんあった中から、
いくつかを書き留めておこう。

 

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朝起きると、できるだけ安らかな気持ちで自然の空気にふれるようにしている。
そして、
自然の感覚に身を委ねるように、直感的に、その日の撮影に出かけていく。

 

・・・自分と少し似ているかも。
   私も、できるだけ穏やかな気持ちで山に向かうようにしていて・・・
   山の空気に自分をなじませるような?溶け込ませるような?感じで
   歩き始める。

   その方が、いろんなことを五感で感じることができるから。

 

 

撮影現場で予定調和に陥らず、
出会う自然に対して 直感やひらめきを敏感にシンクロさせる。

 

(被写体に)撮らされるのではなく、
自分の感覚とクロスした瞬間にシャッターを切る。

 

・・・これって、
   私が「あっ!」とか「おっ!」とか心が反応したときにシャッターを押すのと似    てる?

 

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大自然と直に触れていると、
単に「美しい」という人間の言葉では置き換えられないような「気配」や人知の及ばない「力強さ」を感じる。
僕が表現したいと思うその正体は、
人間の言葉では言い表せないような、深い感覚だ。

 

・・・「気配」や「深い感覚」を写真で表現できたらいいなぁ・・・
   と、常々私も思っているのですが、
   そのために写真やカメラのことを学ぶこともせず、
   毎度、ただただ撮るだけになってしまっている。(;^ω^)

 

 

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触覚や聴覚、嗅覚など、僕が自然の中で感じている様々なものを、
イメージとして落とし込んでいく。
すると、
徐々に写真は抽象化していくこととなる。

 

もっと多くの人に、わからないことの楽しさに気づいてほしいと思っている。
「わからないこと」について考える時間が、何よりも楽しいのだ。

 

多くの人が、答え合わせに慣れすぎているのかもしれない。
答えがそこにないと、納得できないようなのだ。
それよりも、
作品に残された余白の中で、いろいろと想像を膨らませてほしい。

 

究極的な目標は、
無意識の中で感じている世界を表現すること。

「見えないもの」「言葉にできないもの」そして「気づかないもの」といった
自分の無意識下にあるものを、写真表現によってビジュアル化すること。
それが、僕にとって表現の本質。

 

 

・・・写真集『Kamuy』を観た時の第一印象が、抽象画のようだということだった。
   抽象画のような中西さんの写真は、
   私の心のずっと奥の深いところに響いてきた。

   「気配や言葉にできない感じを写真に撮れたらいいのになぁ・・・」
   と、私も山を歩きながら いつも思っているのだけど、
         どう何をどう撮ったらいいのかわからずに とりあえずシャッターを押し、
   後から 見てガッカリする・・・の繰り返し。
   だからこそ、中西さんの写真集を観たときは感動した。
   
   私が、抽象画を観るのが好き、ということもある。
   抽象画は、自分が何をどう感じても自由なのだ。
   観るたびに 違うところが目に入ったり違うことを感じたりもする。
   だから楽しい。

 
  

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写真に落とし込んでいくプロセスは、自分の思い込みをそぎ落とし、
結果的に、思いもしないようなイメージを作り出してくれる。
それが、写真を撮ることの醍醐味でもある。
いわばカメラは、
僕と自然をつなぐフィルターであり、パイプのような存在だ。

 

写真にすることで見えてくる世界というものが確かにあるし、
だからこそ僕らは写真を撮るわけだ。

 

・・・なるほど、
   「なぜ、何のために 自分は こんなに写真を撮っているんだろう?」
   と時々思うのだけれど、この文章を読んで納得。

 

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僕の今の生き方は とてもシンプルだ。
やりたいことを、全力でやっているだけだ。   

 

・・・う~~
   私も、そんなふうに言い切れるように生きてみたい・・・