THANKS TO YOU !!!

のんびり山などを歩きながら 目に入ったものをパチリパチリ。そんな写真による記録。

◆『 GUESTS 森の少年 』…マイケル・ドリス:著 灰谷健次郎:訳

 

何年も何年も前から本棚にあって、そのうち読もうと思いながら読まずにいた本。
ようやく読んだ時には、表紙の色の中の紙の色も少し変わってしまっていた。

山に行きたかったけど家で過ごすことになった日、
一気に読んだ。

登場人物の細やかな心の動きや自然の描写が素敵で、
そこにそえられた沢田としきさんの挿絵が素朴な感じで良く、
読み終えると、さわやかな感覚が心の中に広がった。

 

いいなぁと思った文章表現がたくさんあった中から、
いくつかを記録しておこう。

 

貝殻玉の組み合わせにはそれぞれ意味があって、
遠い昔から今日までの部族のたどった道筋を、われわれに伝えてくれているんだ。
だから、それがほんの少しでも狂ったりすると、話はめちゃくちゃになってしまう」

・・・・・

「モス、これからおまえは、ひとりで話を作るんだ」
・・・・・
「どんな話を作ったらいいの?」
・・・・・
「そんなこと、わしにどうしてわかるっていうんだ。
 どんな話でもいいんだよ。
 それに急ぐことはない。
 大むかしから大切にされてきた貝殻をひとつずつ、新しい順番でつなぎあわせていくのだ。
 おまえにとって、忘れられない仕事になるはずだ。
 まあ、やってみることだな」

 

 

広場の反対側に立つヒマラヤスギの幹の後ろ側が、ぼくの気持ちみたいにしんと静まりかえっている。
それは、渦をまいて流れる水の中に、ぽつんとできた水たまりのようだった。

 

「ここには、毎日のように来ているのよ。
 ほんとうの自分を見つけたいと思うと、来る場所なの」

 

 

ぼくが知っていた世界はどこかに消えてしまった。
ぼくが、森の緑につつまれる前にこだわっていたことや、大切だと思っていたことなど、
もう、どうでもよくなってしまった。
ぼくの不平不満などを聞いてくれる人や、文句をいく相手も近くにいなかった。
しなければならないこともないし、してはいけないこともなかった。
一歩進むにつれ、ぼくが親しんでいた世界から遠ざかっている。
枝をかき分け進むたびに、後ろでは門が閉まり、過去をとじこめていく。
右へ曲がろうと左へ曲がろうと、なにしろ今までいったことのないところだ。
数フィート先しか見えないのだから、どちらに向かおうが同じことだった。
どこいも向かっていないとも言えないし、どこにでもいいから向かっているとも言える。
すべての方向に向かっているといえなくもない。
行くべき場所にたどり着ける確信はなかった。
もしたどり着いたとしても、それとわかる自信ももちろんない。

森には、目印となるものがどこにもなかった。
あったとしても、ぼくには、どれが目印なのか見わけられなかった。
うっすらとした光が射している。
夜明け前かもしれないし、夕方かもしれない。満月で照らされた夜なのかもしれない。
話し声も聞こえてこない。
守らなければならない決まりもなおので、それを破ることもない。
どうすればいいとか、どうしなければならないかという、ぼくの知識、体験から学んだこと、
自分なりに安全か、危ないかの境目がわかるということ、
そうしたものが、すべて遠い記憶になってしまっていた。
夜明けとともに消えてしまう夢の中の物語のように。

 

 

・・・・・
自分からこうした状況に飛び込んでおきながら、
いざ入りこんでみたらどうしていいのかわからない。
そんな「愚かしさ」が、雨雲のゆおうに覆いかぶさっているというのに、
自分のどこか別の部分は、まるで魔法をかけられたように、どんどん賢くなっていくように感じられたのだ。
ぼくには、それまで見えなかったものが見える。
木の幹から盛り上がったこぶ。岩の細かい筋。ちらちらと光を跳ね返しているクモの巣。
横になって体の下に感じられる、地面の固さと揺るぎのなさ。
森のいつもの、かびくさい匂い。
でも、この匂いだけじゃない。つんとくるハッカの匂い、腐った木の匂い、小川の水の甘い匂い。

ぼくの心は、ふわっと空中に浮き上がった。
ぼくは大きく口を開いた。目を大きく開き、両手を大きく広げ、耳を澄ませた。
嵐の中で、一度に四方の壁が崩れ落ちてしまった家のようだった。
中と外の区別がなくなり、いっしょくたになってしまった。
森の木の草、聞こえる音、ほんのちょっとした動きのどれもが、くっきりと際立って、ぼくに迫ってくる。
これまで、ぼくの頭がこんなに澄んだことはない。
強い風が僕の中をまっすぐ吹きすぎ、心のほこりを洗い流し、すっかりきれいにしてくれたのだった。

 

 

「でもさ、《森の時って、こんなもんじゃないよ、きっと。
 まだ、何も勉強していないよ。一人前の大人になっていないもの」
・・・
大人っていうのは、どういうことだね?
今のあんたは、今のあんた。
だから、あんたが大人なのか、大人でないのかは、あんた自身にしかわからないことなのさ。
大人になったのかどうか、自分で判断しなさい。・・・大人になる準備ができたと思ったらね。
誰か、自分以外の人に決めてもらおうなんて思わないことだね。

 

 

何とか木に登ったぼくも、幹の太い枝のあいだに体を押しこむことができた。
そして腹ばいになると、頭を枝にあずけた。

上から見下ろす森は、まるで違う世界だった。
横になると、透きとおった池に自分が浮かんでいるようだった・・・
・・・木々はまっすぐぼくに向かって伸びている。
ぼくの真下には、小道がブドウのつるのようにあちこちに伸びて、
どこへでも、どんなところへも通じているようだった。
木々のあいだからいっぱいにさしこむ光に照らされて、小さなちりが漂っている。

ぼくは両腕で、そして体全部で枝をかかえながら、森の静けさと一体になった。
森がしつらえたテーブルで食事をし、森がしつらえたベッドに眠ろうとしていた。
ぼくは、森に迎えられたお客だ。

 

・・・今日、新しく感じたことのすべてが大切で、ずっと憶えていなくちゃならない。
自分がしっていると信じこんでいたことのひとつひとつが、
新しい顔をのぞかせているような感じだった。
どこに思いをめぐらそうと、すべてがそんなふうに違って見えることに、
ぼくはおどろいていた。

 

・・・山に行きたくなった。